(第7回アジア理学療法学会)印象記


  



 (第7回アジア理学療法学会)印象記

関西医療学園専門学校 理学療法学科
遠路はるばる会 世話人          
大工谷 新一                


<Introduction>

関西鍼灸短期大学の鈴木俊明先生(当会代表世話人)と榊原白鳳病院の嘉戸直樹先生(当会会員)のお二人と一緒にアジア理学療法学会(ACPT)に行って来ました。現在のACPT参加国・地域(順不同)は、香港、インドネシア、韓国、マレーシア、台湾、タイ、フィリピン、日本の合計8カ国・地域です。当会会員の多くの方が、発表無しでは学会出張できないという環境と思います。私たち3人も同様で、今回3人とも発表する機会がありましたので、3人(途中から2人)の珍道中となりました。演題名と演者は、次のとおりです。

1.“Therapeutic exercise and the effect using electromyography in a patient with spasmodic torticollis”Toshiaki SUZUKI, Makiko TANI, Rie NABETA, Shinichi DAIKUYA, Hiroaki HIROSE, Ikuro WAKAYAMA, Yoshiro YASE.

2.“The relationship between the spinal neuron function of affected arm and voluntary movement of the leg in a patient with cerebrovascular disease”Naoki KADO, Toshiaki SUZUKI, Makiko TANI, Rie NABETA, Ikuro WAKAYAMA, Shinichi DAIKUYA.

3.“The silent period from soleus and gastrocnemius muscles in relation to condition of natural standing”Shinichi DAIKUYA, Toshiaki SUZUKI, Hiroaki HIROSE, Yoshitsugu TANINO, Hanayo LEE.

日本からの参加者で、演題をエントリーしている人は、8人でした。これは、全演題数の約半数を占めるものでした。ただ、日本からの参加者の中には、演題発表をキャンセルしている人もいたりして、少し残念な気がしました。

<Hello Philippines>

往路は、2000年9月7日の関西国際空港発ノースウエスト25便でフィリピンへ向けて出発しました。帰路は、鈴木先生が9日の朝の便で、嘉戸先生と私が11日の朝の便で日本へ向けて出発しました。

9/7(木)曇
しかしS先生はすぐに寝ちゃいますよね。。。まだ加速もしていないのに寝てますよね。。。
D:「だれか掃除機使ってないか?」
K戸:「すごい音ですねー」
S:「...ZZZ...KKWA...」D:「いま掃除機に10円玉引っかかったんちゃう?」
K戸:「・・・」

 めでたくニノイ・アキノ国際空港到着。学会事務局のお迎えの方にもめでたく出会えました。一路学会場兼宿泊先のDusit Hotel Nikkoへ。 30分くらい車で走るとホテルに到着。

D:「ちょっとおなか空きましたねー」
S:「なんか食べに行こう。そこのステーキハウスに行こう」
店員:「May I help you?」
S:「僕はこのオーストラリアンビーフ○▲☆×」
D:「僕はハーフチキン▲□★○」
K戸:「僕もあまりおなか空いていないのでハーフチキンで良いです。」
ところがここはフィリピン。
出てきたハーフチキンはニワトリ0.5羽がグリルされたものでした。
D:「これってほんまにハーフチキンやんかー!!」
K戸:「僕のとD先生のを合わせるとほんとに1羽になりますよー」
そのころすでにS先生のオーストラリアンビーフ○▲☆×は半分以上無くなっていた。

9/8(金)晴。暑い。といっても日本くらい。今日は学会初日です。3人とも発表の日です。S先生とK戸先生が13時からのセクション、私が15時からのセクションです。
事務局:「持ち時間は15分で、質疑応答はその中で行います」
D:「K戸君の発表は6分くらいで終わっちゃうから質疑は9分か・・・。これはエライコトです。」
アジアンタイムですからかなり遅れて始まりました。
S先生の発表。さすがです。時間オーバー気味です。質疑は・・・ないまま次の演題へ。
次はフィリピンの先生です。「●▲★×■・・・・・・」全然わかりません。マイクが悪いのか、私の耳が悪いのか、それとも側頭葉が悪いのか・・・。またもや質疑なしです。
D:「これは時間も押してるし、質疑はないかも・・・。」
ついにきましたK戸先生の発表です。
生まれて3回目の学会発表です。
M重県PT学会で2回発表していきなりアジア学会です。
おきな橋(堺東)でしか飲んだことが無かった人が、天王寺もミナミも北新地もぶっ飛ばして銀座に飲みに出るようなもんです。
頑張って発表しました。
質疑は?・・・やっぱり無いよ。ふーっ。
とりあえずお疲れさま。2時間後には私の発表です。
無事終わってとにかくよかったよかった。
このときは、あとに驚異の大どんでん返しが待っていることは知りもしない3人であった。

15時すぎです。かなり時間が押してます。とうとう私の発表時間です。今回は原稿なしです。スライドにいっぱい文字を書いているとはいえ、はじめての原稿なし英語発表です。
なんとか終わりました。
よかったよかった。
質疑も・・・やっぱりなしです。
私のあとに2人発表者があって、一般口演は終わりました。
とその時、事務局からアナウンスが・・・。
「これから質疑を行いますので、演者は舞台の上に椅子を用意しますから、上がってください。」
S:「これから質疑だよ。上がれって言ってるよ。」
K戸:「・・・」
舞台に上がってからは質問の嵐です。
質問者:「■▲●×▲□・・・」D:「Is your question ・・・・・?」どうも違うみたいです。もーわかりません。K戸君はおかしくなってます。他の人への質問はわかります。どうして?
ほかの日本人に質問の意味を教えてあげている私がいます。
私への質問です。「■▲●×▲□・・・」やっぱりわかりません。あーぁ。。。
そんなこんなで質疑は終了しました。
D:「またNOVAに行こうかな・・・」今回のような展開は反則ですよね?
でも良い経験ができました。
精進しましょう。

9/9(土)曇
S先生は2泊して帰っちゃいました。
D:「フィリピンって全然怖くないやん。」
K戸:「そうですねー。いいところですよね。」
今日は学会プログラムのCITY TOURです。ガイド:「アメリカは正義の象徴。日本はいろんな虐殺をした。」
その繰り返しです。
アメリカ軍人のお墓→教会→英雄の牢獄→公園ガイド:「日本はこの川の水を使って○○なことをした。」D:「またその話かよ」
D:「・・・」、K戸「・・・」。
ツアー終了。
なんか気が重い。。。
D:「今日はHard Rock Cafeに行こう」K戸:「いいですねー」

Hard Rock Cafe MAKATI、とにかくでかいです。いい感じです。海外です。注文は要注意です。
いつものように注文した私に対して・・・
店員:「あなたたちは大食いなの?」
D:「やばい」ハーフチキンが頭をよぎります。
D:「この皿は大きいの?」
店員:「うーん、3人前くらい」
D:「(フィリピンの3人前ということは・・・)やめます。」
おいしかったです。お酒も料理もコーラも。
K戸:「ステーキハウスに行きましょう」
D:「???。まだ食べるの?」

K戸:「ステーキハウスの店員と話をしたいんです。」 
初日に行ったステーキハウスにかわいい子がいたんです。
K戸君はどうも狙っているようです。
とりあえずステーキハウスへ。

いません。その子が。どうも2階のスペースにいるようです。
1階にいる私たち。テレビではMr. Beanが動いています。おもしろいです。あれっ?K戸は?
K戸先生がいません。
店員:「あなたの友達はどこに行った?」
D:「わからん。2階の便所に行ったのかな?」
店員:「私は彼を2階で見た。女の子としゃべっていた。」
D:「・・・」
 20分くらいたってK戸君が帰ってきました。
K戸:「話をしてきました。上でビールを注文して飲みながらはなしてきました。
あなたに逢うためにこの店にきたとか言っちゃいました。」
K戸:「楽しかったですー。国際学会いいですねー。来年はシンガポールでその次はタイですよね。
また来ます。がんばって発表します。」

喉元過ぎれば・・・というやつでしょうか?
K戸先生はご満悦です。
すごいモチベーションです。
期待できます。
とにかく楽しくてよかった。

ちなみに、オーストラリア(?)のビールでSub Zeroというのがメチャクチャおいしかったです。K戸先生は、別な意味でもおいしかったですが・・・。機会があれば皆さんもご賞味下さい。おすすめです。ちょっと甘いですけど。

 9/10(日)雨がちらほら。と思ったらスコール。半端じゃないです。本屋さんとかスーパーマーケットに入るにもボディチェックと手荷物検査です。やはり本質的にはまだまだ危ないようです。
本屋さんでは、ブルンストロームやカリエの原著などなどたくさんの良い本が売ってました。普通の町の本屋さんですよ。K戸先生はなぜかフィリピン料理の本を買ってました。マンゴージュースはおいしいですね。何種類もあります。おみやげもいっぱい買いました。なかなか良い買い物ができました。安全なスーパーと本屋さんが近くにあって良かった。
後日談ですが、私たちと同じ日にスーパーに行った某理学療法士の先生(結構高名です)がそのスーパーでピストルを突きつけられて「300ドル出せ!」と言われたらしいです。大声を出して助かったようですが・・・。危ない危ない。

<Discussion and Good Bye Philippines>

学会は、トピックとしては「理学療法教育」です。若い団体であるフィリピン協会ではやはり教育が課題なのでしょう。そのほかには、やはりCBRでした。東南アジア諸国ではかなり活発に議論されているようです。徒手療法(オーストラリア)とボバース概念の講演もありました。国際学会で技術的な講演があるのも珍しいと思いました。学会の内容自体は目新しいことはありませんでした。ただ、若い人たちのパワーを感じました。ついでに協会長もメチャメチャ若いです。しかも綺麗です。うかうかしていられません。頑張らないといけません。みんな学士号を持っています。博士をとるのが当たり前です。

最後のダンスパーティーではみんな踊りもうまいです。オーストラリアの中年、じゃなかったお姉さまPTも韓国のPTもマレーシアも。ついでにB記念病院のH澤先生もダンスがうまいです(昔ダンス部だったらしい)。PT技術にはリズム感が必要なのかもしれません。社交場面では日本人はダメです。どうしてグループになるのでしょうか?みんな踊りましょうよ。私なんかオーストラリアの私より大きい女性のPTとダンスして、まるで相撲みたいでした。K戸先生のように英語が不得意にも関わらず、フィリピンのPTに囲まれて楽しそうにしている日本人(しかもうちの卒業生)を見ると心強い限りです。私も負けていられません。と思いつつフィリピンを発ち、空港のボディチェックごとに「日本人?」と疑われながら、荷物の細かいところまでチェックされて帰ってきた私でした。(完)